【コルビジェ建築・世界遺産】サヴォア邸に学ぶ機能美とミニマリズム

MATSUMOTO | 08.Sep.2024 | フランス

パリ郊外のポワシーに佇むサヴォア邸。ル・コルビュジエにより設計されたこの傑作は、モダニズム建築の象徴として広く知られています。その斬新かつ普遍的なデザインと空間構成に直に触れるため、実際に足を運んでみました。

5日間ほどパリに滞在した私たちは、その喧騒から逃れるように、RER(パリとその周辺の郊外地域を結ぶ高速鉄道)に乗り込みました。

パリ南西部にあるリヨン駅から列車に乗り、30分ほどでポワシー駅に到着しました。駅を降りると、パリの賑やかな雰囲気とは明らかに異なる、生活感のあるリラックスした空気が感じられ、その違いの心地よさを感じながら、サヴォア邸への道のりに一層の期待を与えてくれるようでした。

ポワシー駅前はパリとは異なり生活感のある雰囲気が漂います。

駅前からバスに乗り込み、賑やかな商店街を抜けると静かな郊外の雰囲気が深まっていきます。人影もまばらなこのエリアに足を踏み入れると、まるで時間の流れが少しずつゆっくりになっていくような感覚になります。

バスを降り、少し歩くとサヴォア邸のある敷地の入口が見えてきました。小さなゲートをくぐり、手入れの行き届いた庭を横切っていきます。

敷地の入口から邸宅へと通じる通路は、まるで時間を遡り異次元の世界へと誘う長い回廊のように感じました。

小道を抜けると、開けた広場から白い邸宅が姿を現しました。

大通りからはもちろん、敷地の小道を抜けるまで建物の姿は一切見られない、突如とあらわれる登場感は、訪れる人を楽しませる計算された建て方なのだろうかと想像します。

「自由な立面(ファサード)」を体現した外観デザイン

目の前に広がる白い建物は、驚くほどシンプルでありながら、何とも言えない威厳と静けさを放っていました。

白い箱がピロティによって宙に浮かんでいるかのような印象を受け、重力を無視したような軽やかさを感じさせます。自然の中に存在しながらも、それ自体が自然と対話しているかのような、ある種の有機的な一体感を感じます。

北西のファサード。道路に面した部分の反対側に位置する主要玄関。ほぼ空中に浮いているかのような2階部分はピロティによって支えられています。

南東のファサード。敷地の入口正面に位置し、コルビジェによって設計された庭と一体となっています。バラの木が植えられた2つの砂利道は車寄せとして利用されていたそうです。

U字型の車道になっているピロティが玄関、洗濯場、物干し場、使用人の部屋などを取り囲んで、車は家の下から直接出入りします。

サヴォア邸は、コルビュジエが提唱した近代建築五原則を体現した建築と言われています。近代建築五原則とは「ピロティ」「自由な平面」「自由な立面」「水平連続窓」「屋上庭園」の5つを指します。

このうちの「自由な立面(ファサード)」が、まさにこの全方位から建物の美しさを体感できる外観デザインに象徴されています。

サヴォア邸では、外壁がピロティによって支えられているため、立面全体がシンプルかつ大胆な幾何学的デザインを採用できています。水平連続窓が広がる一方で、外壁には装飾や装飾的な要素がほとんどなく、機能美を強調するデザインが目を引きます。どの角度から見てもその表情を変えることがなく、一貫した美しさを保っているのが特徴的です。

そうした一つの理由には、サヴォア邸が持つ「普遍性」を強調するためと言われています。建築が一つの固定された視点からだけでなく、あらゆる角度から美しく見えるべきだという考えは、住まいをただの機能的な構造物ではなく、周囲の風景や空間との対話の中で存在するものとして、それが全方位から均衡を保ち、美しく見えることが重要だったのです。

あえて一つの正面を強調せず、全体が均等に自然と対話する形を作り上げられているのではないかと思います。

東側のファサード。南からの日陰が緑の広場に映えます。

南東のファサード。周囲の緑と白い建物が見事に調和しています。最上階に見られる半球状の壁がアクセントとなって力強さも印象づけています。

サヴォア邸に見られる「外」と「内」の区分を超えた「自然との調和」

エントランスに足を踏み入れると、その内装が持つ独特の雰囲気を感じ取ることができます

エントランス自体は無駄のないミニマルなデザインですが、階段やスロープが配置され、空間にダイナミズムを与えており、外観のシンプルさとの心地よいギャップを感じさせます。

一方で、カーブを描くガラス張りの壁面のおかげで、建物内部と外部の境界が曖昧になり、周囲の自然景観が室内の一部であるかのようにも感じられます。建物が周囲の環境と調和し、人々が自然をより身近に感じられるような空間設計を目指していたことがわかります。

スロープはゆったりとした散策を促し、視点を開放することで、建物のボリューム感や差し込む光の美しさ、自然を楽しませています。

らせん階段は地上から屋上までを繋いでいます。使用人専用の階段で、通常なら隠れているものですが、あえて前面に出すことで「鉄筋コンクリートの彫刻」と定義付けているそうです。

外の自然がまるで中に溶け込むように設計されていることがわかります。大きな窓から差し込む光と、外の緑の景色が室内の一部として感じらます。

緩やかに傾斜するスロープにしたがってゆっくりと2階の住居スペースに進んでいきます。

明るく広々としたリビングルームやキッチン、浴室などの生活空間が自由に配置されており、それぞれの空間を水平に連続した窓がつながれていることで、実際の広さ以上の開放感を感じることができます。

リビングには、テラスに面して大きな掃き出し窓が取り付けられている。日の光がリビングの至るところに差し込むように設計されています。

青い壁の側にダイニングルーム、ピンク色の壁はリビングという形で色分けすることで、空間を修正し雰囲気を生み出しています。

2階のリビングからテラス、そしてゆるやかに流れるように続く3階の屋上庭園への流れが、この建物の一番の見せ場の一つといっていいのではないでしょうか。

大きな窓を通して外の景色がリビングからつながり、テラスに出た瞬間に、まるでリビングの延長であるかのように外界と一体になります。特に、テラスの床と壁のデザインはシンプルで、無駄のない幾何学的なラインが際立ち、視覚的にも空間がすっきりとしているため、自然と外の風景に目が向けられる設計となっています。

リビングからテラスへのシーケンス。テラスがまるでリビングの延長であるかのように外界と一体を感じさせます。

テラスにも「水平連続窓」が続いています。無駄のない幾何学的なラインが際立ち、視覚的にも空間がすっきりとしているため、自然と外の風景に目が向けられる設計です。

2階テラスから屋上庭園へのスロープ。スロープの勾配は非常にゆるやかで、上り下りを苦痛に感じさせることなく、自然な動きで階層間を移動できるよう設計されています。

スロープを抜けて3階の屋上庭園へ。正面に見える四角い窓が「建築的プロムナード」の終着点。窓からは1枚の絵画のように、セーヌ渓谷の眺めを堪能することができます。

視界を遮る高い壁はなく圧倒的な開放感を感じる3階テラス。一方で、開放感を持ちながらも、建物の他の部分からは適度に隔離されています。これにより、訪問者はプライベートな空間でありながら、外界の自然とのつながりを保つことができます。

テラスの壁は視線が遮られない程度の高さに設計されていて、建物の中にいながらも外界とのつながりを保ち、風や光を感じながら、リラックスした時間を過ごすことができる空間となっています。

またテラスには、余計な装飾がないため、自然そのものが主役となり、テラスに立つと自然の一部であるかのように感じられるのです。

屋上庭園から見下ろす風景は、サヴォア邸がただ地上に建っているだけでなく、まるで空へと浮かび上がっているような印象を与えます。外界との繋がりを感じつつも、建物自体が自然の中にうまく溶け込んでいることで、まるで自然の一部になったかのような不思議な感覚に包まれました。

日本の伝統的な建築や思想にも通じる無駄を排除したシンプルさの追求

サヴォア邸には、ただ単にシンプルであるとだけでは言い表せない、深さや趣が感じられます。

「機能美」を追求し、無駄を徹底的に排除することで、純粋な形としての建物が実現されています。このミニマリズムは、単なるデザインの選択ではなく、人間の生活と自然、そして建物との関係を再構築するための思想的なアプローチでもあったといえます。

サヴォア邸が建てられた1920〜30年代の当時の一般的な邸宅は、豪華で装飾的な要素が強調され、建物やインテリアのデザインには富や地位を象徴する装飾が多用されていました。部屋は閉鎖的で、空間が細かく分かれており、窓やカーテン、家具などにも重厚な装飾が施されていました。これに対して、サヴォア邸はシンプルさと機能性を追求し、装飾を排除して空間を開放的に設計するという、当時としてはいかに常識に反する革新性を持っていたのかと想像します。

サヴォア邸を実際に訪れることで、コルビジェが、人間が自然と一体となるための空間をどう作り上げるかという、深い哲学を肌で感じることができました。

また、こうした哲学は、どこか日本の伝統的な建築や思想にも共通するものがあるとも感じました。

コルビュジエが晩年、自らのために設計した「カップ・マルタンの休暇小屋(キャバノン)」は、まさにそのミニマリズムの究極形と言えるのですが、わずか3.6メートル四方の小屋に、人が必要とする最小限の空間と機能を備えており、建築物がどれだけシンプルであるべきか、そしてどれだけ人間の基本的な欲求を満たせるかという問いに対する彼の最終的な答えだったとも言われています。

サヴォア邸が近代性と合理性の象徴であるのに対し、日本の伝統的な建築は精神性や自然との調和を象徴しており、文化背景のルーツや、異なる美意識を表現したものですが、コルビジェの思考の終着点が日本の茶室のような空間であったと考えると、その重要な過程としてサヴォア邸が位置づけられているのはとても興味深いと感じられました。

関連記事